3月16日京都造形芸術大学通信制の大学院を卒業しました。
私は大学時代には構造力学を学び、卒業後 震災後の神戸に就職しました。
そして、妻の実家がある広島の工務店に転職し、温熱を勉強していた際に、3.11が起き、その感じた思いは止まらず、独立しました。
エネルギーがきっかけで、街づくりという視点を持つようになったとき、「快適」や「持続可能な街」には意匠(デザイン)も大きな力を持っていると感じることが多くなり、温熱や構造など性能設計を学び、実務経験は20年という43歳のおじさん(苦笑)でしたが、著名な建築家から学べる大学院に進学することを決めました。
建築家 横内敏人
横内先生の建築は架構(構造)がたまらなく美しい。
構造は人の命を守り、温熱は快適を生み出しますが、快適性や人の命だけではなく、環境を守り活かすことも意匠建築を突き詰めれば、見いだせるのだと横内先生の建築の中に入ると痛感します。
構造と意匠の追求を、大学院の1年目に横内スタジオで学ばせていただきました。
建築家 堀部安嗣
当初は横内スタジオで2年間学ぼうと思っていたのですが、横内先生から「川端さんの設計は色気がない。」と苦笑
構造、温熱にどっぷり20年使った私にとって、心当たりのあるとても厳しい言葉でした。そこで合評の講評がとてもヒューマニティに溢れ、哲学的な堀部スタジオで2年目学びました。
堀部先生からは設計のテクニック云々ではなく、真摯に建築になぜ向かいあわなくてはいけないか、その哲学を学ばせていただきました。
卒業研究
卒業制作のテーマは私らしく、「ニュータウンの再生」としました。
このテーマは私の20年間の思いからきたもので、どうしても譲れませんでしたし、しかし、私の固定観念そのものでもありました。
それは堀部先生にも見透かされ、12月合評でしたが、11月までプランを作っては壊しを繰り返していました。
最後のプランは団地がその昔、山林だったころの地形に戻し、その等高線に建築を従わせるプランとなりました。
自分の手から、このような建築を生み出すことができたのが今でも不思議な感覚です。
最後に、堀部先生からご褒美をいただきました。
おじさん学生ですが、本当に涙が出そうになりました。
これからのPleasant Design
先日、新しい計画のため、プランを考えていました。
以前の私は20年の実務経験を活かし、2−3時間でプランをまとめることは可能でした。
ですが、その時鉛筆を置き、一晩おいてみようと考えました。
建築家が建てる家は、奇抜なデザイン等と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本当は建築を単なるビジネスではなく、人生を通して、真摯に向かい合い生まれる建築がその他のものと画一されているのだと考えます。
これからは一つ一つの人との出会いから生まれる建築の過程を楽しみながら、一歩づつ前に進みたいと思います。
すべての先生、大学院で出会った友人との出会いに心より、感謝いたします。
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